先日、大阪から訓練に来ていたわんこが卒業した。9歳の咬癖犬だったがなんとか卒業できるところまで更正して帰って行った。
「えーっ!!!!!!!!!! 大阪からーっ!?」
驚くのは無理もない。一般的にはあり得ないことである。隣県、もしくは近県がいいところである。よほど特殊な事情がない限り、箱根の山を越えたり、海を越えて犬を預けることはない。つまり特殊な事情だったのである。「なんだ特殊な事情か・・・ならば納得」と思われるかもしれないがこれは“由々しきこと”なのである。
このわんこはいくつかの訓練所で「9歳!? もう年ですから好きにさせてあげてください。」「咬みつく!? リードをつけて連れてきてくれたらなんとかできるかも・・・」
?????どこの世界に好き放題に犬に咬ませる人間がいると言うのだろう????
まともに世話が出来ないから電話しているのに「連れてきて」はないだろう。
困り果てたオーナー様がたどり着いたのは私のところでした。
何が“由々しきこと”かというと訓練士が“9歳”だからとか“咬みつく”からとか“○○犬”だからといって簡単に断ることがである。こういうコラムを書くのはこれで3回目である。ネタがないのではない。憤慨しているのである。
年齢や犬種だけで判断しないでまずは犬を見るなり、更正する余地があるかどうかしばらく預かってみるくらいしてあげたらいいのにと思うし、連れてこれないなら迎えに行ってあげればいいだろうに・・・・と思う。何のための訓練士だろう。手抜き訓練士や訓練士のための訓練をする訓練士が多いのには呆れるばかりである。人それぞれと言えば仕方のないことなのだが・・・・さてさてぼやくのはこの辺にして本題に入ろう。
今回のミッションは“自宅に戻ってから飼い主が再び恐怖に陥ってしまった場合どうアドバイスするか”である。幸いすぐにオーナー様が「これはいかん」ということでSOSを出してくれたので事なきを得た。これがそのまま放っておいたり間違ったやり方を続けていたらちょっとやっかいであるし、「あーやっぱり訓練に出しても駄目なんだ」と思われてしまったらそれも悲しい。とにかく翌日大阪へ飛んだ。
到着してすぐにレッスン開始。いろいろ問診してみると2つの原因が浮かび上がった。一つは犬がちょっと勘違いして反射的に防衛手段に出てしまったのをオーナー様が“怒って咬みつきにきた”と感じてしまったところにある。しかしこれは仕方のないことである。何度も咬まれれば恐怖心が住みついてしまう。犬のほんのちょっと仕草も怪しく映ってしまうものである。
そんな場合どうするかを伝授。まずは咬まれても被害が最小限に抑えられ、なおかつオーナ様が犬にやらせたいことを完遂できる態勢を整えること。やはり何と言っても“リードと手袋”が必須アイテム!しかも手袋は刃物を握っても切れない防刃手袋を使用。犬に咬まれた人はとにかく恐怖心から正常な動作ができなくなってしまうのでぎこちない動きに犬が敏感に反応して、構えてしまう。お互いに構えるから膠着状態が続いたまま自然体で動くことができないのである。とにかく力を抜いて自然体で人が動くことが第一のポイントである。
そしてもう一つは訓練に出すまでやりたい放題だった場所であったということ。そんな場所であるから悪い芽が再びニョキニョキッと現れたのかもしれない。そんな場合はリードをつけて服従訓練のおさらいを徹底することと犬のテリトリーと人間のテリトリーの区分をはっきりとすること。放し飼いは厳禁!きちっとサークルを設けてサークルが犬のテリトリーでそれ以外の場所は人間のテリトリーであると、はっきり分けることが第2のポイントである。そして人間のテリトリーでは好き勝手をさせないことである。そのためには最初の内はリードをつけてある程度行動を制限して人間の指示に従う経験を積ませ、徐々に自由時間を増やすようにしていく。しかし制限時間が来たら即ハウス。これが第3のポイントである。
室内でお座りや伏せ、呼び込みやハウスの練習を繰り返し行うと同時に心構えや様々な状況に置ける対処方法を伝授。最後の方はオーナー様もわんこもぎこちなさが取れてきてだいぶいい感じになってきたと思いきやオーナー様のそばにいるわんこの首を掴んだ瞬間、拒絶の咬みつき発生!!私の左手をがぶりんこ・・・・
「よっしゃー待ってましたーーー!!!!」
素早く押さえ込んでおしおき開始。抵抗を試みるものの、わんこはあえなく撃沈(オーナー様はわんこが私に咬みついたことよりもわんこをおしおきしている私の気迫に目を丸くしていたような気がする・・・・・・)
その日はその後、落ち着いたのを確認して終了。
二日目。今日はお散歩のレッスン。お散歩時の問題点は“犬を見たら半端じゃなく攻撃的になるところ”。運良くレッスン中に大型犬を2頭連れた人に遭遇。私がいることも忘れ、わんこは大興奮。オーナー様から素早くリードを渡してもらい対処法を伝授。わんこは私におしおきされクールダウン。おとなしくなったところでお散歩を続行し、次の興奮ゾーンへ向かい、今度はオーナー様自身にコントロールしてもらう。以前に比べれば制御が効くようになったが今ひとつということで再び技を伝授。次の興奮ゾーンではおとなしく通過することできて大きな成果を確認。オーナー様も自分自身の手でコントロールしたことに手応えを感じた模様で満足して帰宅。
今度は足拭き。これはおとなしく拭かせることが多いのだが怪しい時ややったことのない姿勢があるようなのでありとあらゆる状況を想定してアドバイス。さらには今まで足など拭いたことのないリビングで同じように足拭きを行い、室内でのトレーニングを開始。口輪をつけたり、ブラッシングやらハウスやらひととおり行った後、わんこを伏せさせたまま椅子に腰をかけてあれやこれやオーナー様のメンタルトレーニングの開始。
この日は前日、私にきつーいお灸をすえられたせいか表情は一変し、オーナー様の顔を食い入るように見上げていたので大きな前進を確信して無事終了。
最終日。これもまた最大の問題点!“獣医さんにかけられない”ということ。とにかく以前かかっていた獣医さんとは別に他の獣医さんもキープしておいたほうが何かと都合がいいので仔犬の頃に行ったきり(9年ぶり)という獣医さんへ健康診断を兼ねて行ってみることに・・・
診察室に入っても恐怖や緊張から発生する震えはなく落ち着いた表情のわんこ。念のため口輪をして診察台に乗せ、触診や検温、採血などをしても落ち着いた様子。以前は獣医さんの姿を見るなり即戦闘モードに入っていた子だけにあまりの落ち着きようにオーナー様も驚いていました。検査の結果、特に異常なし。わんこの態度も異常なし。獣医さんに事情を説明したところ今後もトレーニングに協力してもらもえるというありがたいお言葉をいただき、獣医さんを後にする。
3日間のレッスンでオーナー様も不安が解消されたようでずいぶん自然に振る舞えるようになっていましたのでとりあえずはレッスン終了。今回は上手くいったが次のミッションも上手くいくとは限らない。“勝って兜の緒を締めよ”と自分に言い聞かせ大阪を後にした。
人を咬んだわんこを100%お利口に変えるのは至難の業ですが人間が知識と対処方法を覚えれば、何とか飼っていくことができるケースもあります。今回はそんなわんことオーナー様のお話でした。余談ですが夢はジェットヘリを買って、“訓練士”不在の都道府県を飛び回ることです。
総論
咬まれた恐怖は消えるものではありません。しかし訓練を施すと同時に万端の準備を持ってすれば飼い主としての責任を全うすることができるケースもあります。
絶滅危惧種:中村信哉は絶滅の危機に瀕しながらも今日も咬みつくわんこを見守る