こんにちは。“絶滅危惧種”の中村です。
「預けても目つきが険しくならなかったのは先生
の所だけです。」
5件の訓練所で期待に応えてもらえなかったオ
ーナー様から頂戴したなんとも嬉しい言葉である。
生活環境の変化で精神的なストレスや肉体疲
労で犬にも様々な影響が出る。下痢、便秘、咆
哮、脱毛、食欲不振、嘔吐、自虐行為である食
毛などなど様々である。
一頭の犬に全ての症状がでるわけではないがいわゆる環境の変化に対する拒絶反応であろう。しかしまったく症状が出ない犬もいる。
症状が出る犬と出ない犬には共通する点がある。
症状が出にくい犬:脳天気、明るい、おおらか、図太いなど
症状が出やすい犬:神経質、臆病、わがまま、飼い主に依存度が高いなど
正確に統計を取ったわけではないが24年間、訓練士人生を送ってきて思うことである。
(統計学から言うと2000件の事例から算出したデータが信用できると言われているくらいだから正確なことがわかるのは20年先になるだろう)
生活環境の変化に対する拒絶反応はだいたい入所1~2週間のあいだと本格的に訓練が開始される2~3ヶ月目のあいだに現れることが多い。すぐ治まる犬もいれば少し続く犬もいる。この段階で犬に何かを教え込んだり、これまでの間違った行為を改善しようと試みたり、無理に先へ進もうとしたりすると環境の変化に一生懸命適応しようとしている犬の処理能力を超え、目つきが悪くなったり、大きく体調を崩す。
環境の変化に適応できるようになってくると精神状態も落ち着き、拒絶反応は治まる。それまでは決して無理をしてはいけない。入所後1~2ヶ月は本格的に訓練に入る前の予備訓練の期間であり、ここをしくじると犬に想像以上の負担がかかる。
冒頭の言葉はここをこだわって犬を管理している結果であろう。
訓練所の中には短期集中とか言って1~2ヶ月で訓練を請け負うなどの詰め込み訓練を行うところもある。統一模試に向けて勉強するヤル気満々の予備校生じゃあるまいし、犬が進んで訓練する訳じゃないんだから詰め込み教育以外の何ものでもない。確かに1~2ヶ月で訓練が終了すれば飼い主の精神的、金銭的負担も軽くなる。だがそれは飼い主の都合であって犬にはなんら関係のないことである。
小学校の6年間に高校までの12年間分の勉強をしろと言っているようなものである。盆も正月もGWもなし。おやつも夜食もなく外食もなし。遊園地も映画もデートもない。人間なら何かの目標に向かって一心不乱に打ち込むことが出来るが犬はそうはいかない。4~6ヶ月かかることを1~2ヶ月で教え込もう、さらにはそれを完全に習慣化させようなんて無理な話である。
1~2ヶ月で指示に従うようになってもその後それを習慣化する期間を設けなければすぐに戻る。逆に時間を掛けすぎては作業意欲が落ちてくる恐れもあるし何より時間の無駄。時間を掛けて良いのは犬が完全に理解するまで!完全に理解したら飼い主に主導権を移行するに限る。早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ、何事も“中庸”が肝心である。
今でこそオーナー様のご理解あって時間をかけてできるようになったが30~40年前は一日も早く訓練を入れることが義務みたいなところがあり、犬の作業意欲や体調、気持ちなどはそっちのけ。強制訓練といわれる方法を用い、その結果体重が極端に減少したり、ストレスから円形脱毛症になったり、目がうつろになったり、逆に険しくなったりする。
私が見習のころ尊敬する茨城の坂井訓練士に言われたことを思い出す。
「早く入ればいいってもんじゃないんだよ」
あのころは私も早く訓練を入れることが最優先で犬の心理状態や作業意欲など深く考えていなかったような気がする。座ればいい、伏せればいい、引っ張らないで歩けばいいなど、ただ指示に従うことだけを目標としていたような気がする。もっともっと嬉々とした作業態度を引き出すことが可能だったかも知れない。いいのか悪いのか何とも言えないが質より量でカバーするタイプだったので幸いにも飼い主のもとに戻って指示に従わないで再訓練に戻ってくることはなかった。今考えると背筋が凍る思いである。
そんな思いから今は詰め込み訓練は大嫌い。仕上げの段階では多少、猛特訓しますがそれでも見習の頃の10分の1程度の量。技術が向上したのか少ない回数と負担で犬に理解させることができるようになってきたのかも知れない。
卒業時には目つきの悪い犬は柔和な目に、何も考えていないような目つきの犬は精悍な目つきに、人を見下したような目つきの犬は人を尊敬するような眼差しに変わるように心掛けて訓練している。それこそが10年経っても戻らない訓練が入る要因かも知れない。
“中庸” 常に心に留め置きたい言葉である。
絶滅危惧種:中村信哉は危機に瀕しながらも今日も咬みつくわんこを見守る